PROFILE
千葉 繁(ちば・しげる)
2月4日生まれ、熊本県出身。
81プロデュース所属。
声優、俳優、タレント、ナレーター、音響監督と多岐にわたり活躍。
主な出演作品に「うる星やつら」(メガネ)、「ニルスのふしぎな旅」(グスタ)、「装甲騎兵ボトムズ」(バニラ・バートラー)、「北斗の拳」(ナレーターなど)、「ハイスクール!奇面組」(一堂零)、「幽☆遊☆白書」(桑原和真)、「ONE PIECE」(バギー)、「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない」(吉良吉廣)、「3月のライオン」(川本相米二)、「鬼滅の刃」(桑島慈悟郎)など。



荒川弘先生が描く大人気農業エッセイ・コミック「百姓貴族」第6巻の発売を記念して、ゲストご自身との関連に触れつつ「百姓貴族」の感想を語っていただくインタビュー企画がスタート!!
第一弾は「百姓貴族」のwebCMに、熱くファンキーな声を吹き込んでくれた名声優・千葉 繁さんが登場です!




———前回(5巻)に続き今回のwebCMでも四役(荒川先生、親父殿、母、ナレーション)を巧みに演じていらっしゃいましたが、演じ分け、特に女性キャラを演じるうえで気をつけられた点はありますか?

人間の声は3オクターブくらいの音域を通常でも持っているものなのですが、声自体がそんなに大きく変わるものではないので、このキャラクターが喋ったらどうなるんだろうとイメージを膨らませて想像し、どのトーンがいいんだろうかと考えます。
たとえばお父さんの場合、外見は前歯二本ないかもしれないとか、目の下にクマが出来てるかもしれないとか、生え際ヤバいかもしれないぞとか。性格は、北海道っていう広々としたところで生活してらっしゃる方だからそんなギスギスしてなくて、すごくのんびりと、自然を自然として受け入れて生活なさっているんだろう、あまりジタバタするキャラクターではないのかなって。お母さんの場合は、肩にサロンパスを貼ってるのかなとか、一生懸命地道に家計をやりくりしてるだろうとか。男性が女性の声を出すっていうことは基本的に不可能なので、きっとこんな雰囲気なんだろうなっていうことを考えながら、直感的に演じ分けていますね。

———「百姓貴族」は農業に関するエッセイ・コミックですが、農業に関するエピソードがあればお聞かせください。

生まれ育ったところが農家ではないから実体験があるわけではないので、実際に農業をやってらっしゃる方の本当の大変さっていうのはわからないです。
だけど「百姓貴族」はリアルに感じますね。荒川先生が北海道の自然の豊かさや過酷さを、目で見て、肌で感じた実体験が濃縮されているので、嘘がないからだと思います。
「百姓貴族」の中で、台風がきたせいで牛の運動場の堆肥や柵が飛ばされて一面真っ平らになってしまったというエピソードがあり、ついブッと吹いちゃったんですけど、実際はとんでもないことですよね。今までの苦労はどうしてくれるんだよっていう。だけど荒川先生はそういう過酷な自然環境を生き抜いて来たからこそ、マンガの中で笑いに転化できる強さがあるんだなと思いました。
僕だけじゃなく職業として農業経験のない人たちみんな、物を作る方たちがいかに大変なことをやっているのか、またやってくれているのかということを、理解できるようになればいいと思っています。


———食のこだわりはありますか。

いっさいないですね。僕、赤レンガ以外は全部食べます。若い時には土手の草を食ったこともありますよ。あの時は三日くらいごはんを食べてなくてフラついていて、電車賃もないから当然歩いて撮影所に行くんですよね。そしたら多摩川沿いの土手にヤギが棒で繋がれていて、朝露に濡れる青々とした草を食べているんですよ。ヤギがこんなに美味そうに食べてるんだから人間だって食えんだろ…と思って、頑張って食べてみたんです。……ダメでしたね。苦くて食えなかった。あの時ほどヤギに嫉妬したことはなかったですね。

———若い頃、色々なお仕事を経験されていたそうですが、苦労話があれば教えてください。

九州の熊本から上京してきて、色々な仕事をしました。これだけ世の中広くて、色んな業種があって、色んな生き方をしている人がいるのに、たくさん経験しないともったいないと思ったからですが、おしなべて考えると、どれも大変なことはあったけど苦労したという感覚はないんです。喫茶店のボーイさんや飲食店の出前、トラックの交通調査とか……何をやっても面白かったです。

———上京されたばかりの若い頃の印象的な体験はありますか。

劇団に入って芝居を始めた頃に、人間観察の一環として、色々なことを試しましたね。
たとえば二十歳くらいの頃、新宿で浮浪者を三日くらいやってみました。ごはんを食べずヨレヨレボロボロの状態で、新聞紙ひいてずっと座ってるんです。最初は恥ずかしいんですが、そのうちどうでもよくなってくる。そして、その段階になって初めて世の中がちゃんと見えてくるんですね。
通りすがる人たちをじっと眺めていると、髪型がピシッとしていてブランド品に身を固めた人たちの靴の踵が、妙に擦り減っていることに気づきました。実はたいしたサラリーをもらっていないという証拠です。金持ちであれば靴にも意識を向けますから。経済は足元に出ますね。あと田舎から来た人ほど一生懸命東京の人になろうとして、ブランド品とか髪型とか頑張っちゃう。その滑稽さが浮き彫りになって、面白かったですね。
あとは食い逃げシミュレーション。同じ劇団の友人とふたりで、ちょっとオドオドして目がキョドッた状態の演技をしながらお金のなさそうな格好で高級レストランに入って行くんですよ。そしたらパッとウエイターさんが出て来て「あの、お食事ですか……?」と怪訝そうに聞いてくるので、それに対して「フン、フン、フン…」てとにかくもう言葉を発さず頷くだけ。そうすると店内に案内はされるんですが、一番逃げにくい席へ連れて行かれるんですね。さらにメニューを出されてオーダーを聞かれた時、「一番高い肉」ってふたりで注文するんです。店員さんもこれどうなるか分からない状態なわけだから「かしこまりました」って一応オーダーは通すんだけど、店長にも当然「変なお客さんがいる」って報告するわけですよね。そうすると店長が出口の所にさりげなく立つんです。それからステーキが出てくるんだけど、ここからが大変なんですよ。手づかみで食う!

———ええ!

口をソースだらけにしながら、米とかも手づかみで食う。そうすると見張りの店員さんが入り口の所に三人くらいに増えるんですよね。それで店長がさりげなく来て「いかがだったでしょうか」「うまかったうまかった、うんうん、うまかった!」「お会計の方……」「あ、そ、そうだよね」。で、右のポケットには1万円札が入ってるんですが、5円玉と1円玉しか入れていない左のポケットからわざとお金を出すんです。そうすると、ふたりで出しても38円くらいしかない。それを見た店員さんが僕らを逃がさないよう囲み始めたので、最後の最後には店長に「おじさん、いい仕事してるね」と言いながら、ちゃんと1万円札をバーンと出しました(笑)。
これらの体験を通じて、人間は本質とは違う所をみて他人を評価してるんだな、ということを実感しましたね。だからこそみんな必死になって外面を飾ってるんだなっていう。そういう部分が見えて面白かったし、いい体験になりました。

———百姓貴族の2巻18頭目で、畑のオーナーを募った農家が穫れたイモを喜んでもらえると思い大小交えてすべて送ったところ、形が悪いと言うだけでクレームを入れられた、というエピソードがありました。味に変わりはないのに見た目で判断する、という点で通ずるものを感じます。


自分の人生だから自分の価値観で生きればいいものを、人の価値観で生きようとしちゃうんですね。だけど農家の方たちみたいにしっかり根を張って生きている方たちはそこらへんがブレない。一過性のものにブレていたらあんな大変な仕事出来ないから、そこがすごいなと思いますね。

———『百姓貴族』を読んで一番感心したところは?

やはり嘘のない、本物だというところですね。あと題名がすごい。百の姓を賜るという文字に、さらに貴族ですよ! 人からなんと言われようと〝百姓貴族なんだ!〟と言い切る、誇りを感じます。
それこそアニメ化したら面白いと思いますよ。農家メインのアニメーションて今までないですからね。ネタはたくさんあるだろうから三十年くらいやれますよ、これ(笑)。

———最後に「百姓貴族」のファンの方にメッセージをお願い致します。

ただの読み物として楽しむのもいいし、農業の疑似体験をするのもいいし、この作品をきっかけに「こんな世界があるのか、面白い!  俺もやってみたい」と思う若者が、地方に出て農業を本気でやってくれたりしたらいいんじゃないかと思います。
あと、悩みがあったとしても、この作品を読めば、どうでもよくなるんじゃないかと。「百姓貴族」にはもっと凄まじい体験がたくさんあるんだから(笑)。だけどキャラクターたちは明るく、力強く、すべてを受け入れて生きている。読めばきっと前向きな気持ちになれる作品だと思いますね。

———どうもありがとうございました。


聞き手・撮影/ウィングス編集部

→マンガ家・杜康 潤さん(前篇)